紀三井寺の歴史

紀三井寺の詠歌

詠歌

これは、西国第二番・紀三井寺のご詠歌(えいか)です。
西国札所には、各霊場にこうしたご詠歌が伝えられています。
今からおよそ一千年ほど昔、第65代・花山天皇がご退位になり、出家落飾して、花山法皇となられて後、高僧のお導きで、西国三十三所の観音霊場をご巡拝になられました。その折この花山法皇様が、各霊場に一首ずつご奉納になられた和歌が、これら札所ご詠歌となったと伝えられています。

紀三井寺のご詠歌は、花山法皇様がご自身の「ふるさとである京の都を後にして、幾千里の山河を越え、熊野・那智山からはるばるここ紀三井寺にやっとの思いで到着してみると、折から水ぬるむ春近き季節で、わがふるさと、京の都も近づいたこともあって、ほっと安堵することよ」とのご心境をお詠みになったものでしょう。
しかし、もう一つ仏の道からの解釈によりますと、
「迷いの多い娑婆世界を後にして、観音信仰ただ一筋におすがりし、一足一足に「南無観世音菩薩」とお称えしつつこの紀三井寺まで参りましたところ、迷いに閉ざされていた心の眼も次第に開かれて、花の都、仏様のお浄土も間近なように思えます」
とのお心にも受け取ることが出来ようかと思われます。

ちなみに、その昔徳道上人によって開かれた後、次第にすたれていた西国札所の巡礼道は、この花山法皇の巡拝を機に再興されました。その為、花山法皇は「西国札所中興の祖」と尊崇されています。
(京都市山科の元慶寺は、花山法皇落飾(ご出家)の寺、
 兵庫県三田の花山院は、花山法皇が晩年を過ごされた菩提寺
 として有名で、現在でも西国札所番外寺院として、巡礼さん達の多くが訪れます。)

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